甘い香り



世界をまたにかけて、テニストーナメントに飛び回っている手塚から、電話が来た。


高校にあがるとすぐに、手塚はテニス留学をした。
それから、数年。
僕の事なんか、忘れちゃってるのかと思うこと、しばしば。まぁ、手塚の事は、テレビや新聞のニュース、雑誌でも取り上げられるから、僕の方は、手塚の事を知ろうと思えば、知る事が出来るんだけどね。だから、手塚が試合に勝つとお祝いの電話を入れる。

でもそれは……、口実なだけだって、知ってる、手塚?
君と何処かで、ほんのちょっぴりでも繋がっていたいと思っている僕の気持ちを、ねぇ、知ってる?



「はい、不二ですが…」
『手塚だが…』
「やぁ、久しぶり。元気?」
『あぁ』
「どうしたの? 君からかけてくるなんて、珍しいね」
『そ、そうか……』

声からして、そう言った手塚は、電話の向こうで、頬を染めているに違いない。と、僕はくすりと笑った。
暫し、無言。
でもね、この電話が、君と繋がっていると思うだけで、僕はね、幸せなんだよ、手塚。

『不二、悪いが……』
「ん? なに?」
『うちの実家まで、取りに来て貰いたいものがあるんだが……』
「え? 何を?」
『行けば……わかるようになっている』
「なんなの?」
『4月14日の午後にでも、頼む』
「えっ? なに?」
『じゃぁ、またな』
「えっ? えっ? ちょっと、手塚ぁ?」
『カチャ。ツー。ツーー。』
「ねぇ、ねぇってばぁ〜」

僕の最後の声は、お約束のように、手塚には聞こえていない。
ふ〜っと、溜息をつく。相変わらず君は、一方的。

 4月14日……?

何かあったっけ? と、考える。
幸い、僕には、これと言った予定は無かった。
日にち指定と言う事は、何かあるのかなぁ…? まぁ、行ってみるしかないよね。どんな事が、待っているか、楽しみ♥





そして、4月14日、当日。

午後との指定を受けていたから、お茶の時間にと、ケーキをおみやげに、手塚宅に向かう。
立派な門をかいくぐり、庭を抜け、玄関にたどり着くと、ベルを押す。

ジジジジジーーー。

昔ながらの、呼び鈴の音。
何度か鳴らしたが、誰も出ない。
仕方なしに、戸に手をかける。

鍵があいている…?

遠慮がちに、顔を入れて、

「ごめんくださ〜い」。

し〜んと、文字が飛んでいそうなほど、静かだ。
自分の時計で、今の時間を確かめる。

 日付は、14日。 針は、午後3時半を回ったところ。

約束は、間違ってないよね。
じゃぁ、なんで?……と思いつつ、全身を玄関に入れる。


そして、上がり口に、鎮座しているものを発見。

半紙くらいの大きさの紙と丸いものが……そして、ちょっといい匂い。

『不二君へ いらっしゃい。私たちは留守にするけど、どうぞ、あがって頂戴ね。』

そう書かれていた紙の上には、オレンジがおいてあった。
疑問しか浮かばない僕は、それでも、そのオレンジを手に取り、お邪魔した。
どうすればいいのだろうと思って、辺りを見回すと、廊下に続くところに、また、オレンジが落ちていた。つられるように、それを手にとる。その先は、長い廊下。見れば、その先にも、オレンジが置いてある。そして、また、オレンジが…。……5つ目のオレンジは、手塚の部屋の前にあった。

そのオレンジを取り上げて、今、主のいない部屋のドアを見つめる。

「君のいない部屋に、何があるのさ?」

オレンジで腕がいっぱいだったけど、それでも、一応、ノックをした。
返事なんかある訳が無い。分っていても、ちょっと淋しい空気が、漂う。

「でも、何かがあるんだよね? 手塚」

そう小さく呟いて、ドアを開けた。



そのとたん、僕は……、僕は驚いて……オレンジをばらばらと落としてしまった。



だって……だって……

西に向いたその部屋は、綺麗な夕日が窓から差し込んで、部屋全体が、オレンジで……

オレンジで……

部屋のあちこちに置いたオレンジが、香ってて……

甘酸っぱい香りが、たちこめていて……

そして……そして……

僕のほうに、影を落とす人が……

オレンジ色に輝いて……

いつもの優しい笑顔をたたえつつ……

僕に……僕に……

手を差し伸べていたんだ。



僕は、魅入られるまま、彼の手を取り……
そして、導かれるまま、その腕の中へ……。
そして、そして、キスをした。

「ただいま」
「お帰り、手塚」

額同士をくっつけて、見合う瞳が、照れくさいよ。

「今日は、何の日か知っているか?」
「えっ?」
「オレンジデー。」
「?」
「オレンジを持って、愛しい人を訪ねる日なんだと…」
「そんな事…なんで、手塚が……」
「アメリカ人のコーチの受け売り。春のトーナメント開催まで間があるから、恋人にでも会って来いってさ」
「///////」
「って言うか、コーチがそうしたくって、俺が邪魔だったって言うのが、本当かな」

そう言って、笑う手塚は、僕の胸をいっぱいにした。

「でも、自分が訪ねるのではなく、お前を訪ねさせる所が、俺は、確信犯かなぁ?」
「手塚ったらぁ……」

外の世界を知ってから、手塚も随分変わった。僕をこんなに嬉しがらせて……
それでも、まだまだ、あの手塚が?…と思ってしまう。


……と、どうも、僕の戸惑いは、顔に出ちゃったらしい。

「あっちにいると思うんだ。口に出したり、行動に現すって、大事なんだって。なんてったって、あっちは、オープンだからなぁ」

元気にそう言う手塚を見ると、きっと、向こうでも、上手くやっているのだろうと思える。
君が元気なら、それだけでいいよ、僕は。


「で、僕に取りに来て貰いたいものっていうのは?」

と、僕も、元気に訊いてみた。


「これさ」

君の顔が寄せられて、トーンの落ちた声でそう囁くと、甘いキスが渡された。




その部屋は、オレンジ色に輝いて……

オレンジの香りが漂って……

オレンジ……

オレンジ……

今日は、オレンジデー♥





THE END


コメント:
#1100 Hits のキリリク。 しろくまあやめ様へ。
『塚不二SSを!』というリクエストだったので、もうもう、勝手に書かせていただきました。

4月14日は、「オレンジデー」。
2月14日の「バレンタインデー」で愛を告白し、3月14日の「ホワイトデー」でその返礼をした後で、その二人の愛情を確かなものとする日。オレンジ(またはオレンジ色のプレゼント)を持って相手を訪問する日。

この記載を見つけて、甘々塚不二に。如何なものですか?
別の妄想もあったのですが、それは、またいずれ。
出来たら、これをもとに、あやめ様に、イラストをお願いしたいです。

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